Blog@IBS(イノベーション行動科学)

06Dec2009

インドの現状をその目で確かめる

Category : Column, Social Innovation

プラカデミアサロンのスタッフの一人、葉山さん(早稲田大学 国際教養学部4年生)がインドを訪れた。素顔のインドをその目で確かめるためだ。社会起業家としての意志を持つ彼女は、インドでいったい何を見て、何を感じるのだろうか。

社会イノベーションを志す企業人で、新興国・途上国への関心を持つ人は多い。しかし、私たちの価値観や文化とは大きく異なる国で、本当に自分たちが価値提供できるのだろうかと、不安に感じることも多い。

まずは行ってみて、感じること。それが大事なことは確かだ。本レポートは、葉山さん個人の経験をそのまま綴ったものだ。社会イノベーションを志す企業人の皆さんに、少しでもインドの現状を身近に感じてもらえたら嬉しい。

(イノベーション行動科学プロジェクトリーダー 野村恭彦)


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葉山志乃布の、インド日記

デリー:日本にはない活力が出迎える

道路は人、車、バイク、自転車、オートリクシャーと呼ばれるスクータータクシーとリクシャーと呼ばれる人力車で溢れ、事故が起こらないことに感心してしまうくらい混雑している。たまに他のリクシャー同士が少し当たったりもするが、こんなに混雑した道を難なく運転してしまうなんて、みんなかなりの上級ドライバーであると感じた。朝から晩まで車や人力車のクラクションとベルが鳴りやまない道路は、常に活気に溢れている。

オートリクシャーは、タクシーと言ってもメーターは無いため(あっても使用していない)、料金は乗った時に目的地を伝えて口頭で設定される。そして、毎回値段の交渉が始まる。世界中で話題になったタタ・モーターズのナノは、発売されてからすぐに売切れてしまったそうで、非常に人気のようである。
image001.jpgのサムネール画像

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お金や物欲しさに寄ってくる子供や大人に囲まれる。レストランで食事をしていても、窓の外で女の子がひたすらこっちを見ながら、お店を出るのを待っている。
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ロータス・テンプル:理想を追求した宗教は、どこに行くのか?

「ロータス・テンプル」と呼ばれるバハーイ教の礼拝堂がある。ロータスの花をイメージにした、9つの入り口を持つ白くて美しい建物。バハーイ教は、イスラーム教から19世紀半ばにイランでバハーウッラーが創始した一神教である。
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ロータス・テンプルは、宗教や人種関係なく人々が祈りを捧げることのできる場であり、宗教と科学の調和や人類の平和を説いている。とても静かで安らかな空間であり、お寺の中は天井が高く、9つの開かれた入り口から心地よい風が吹き、外の暑さとは比べ物にならないほど涼しい。中では話しをしてはいけないと言われ、ずらりと並ぶベンチに座りながらみんな静かに祈りをささげたり、考え事をしているようだ。鳩のはばたく音だけが鳴り響いていた。

「科学と宗教の調和」。バハーウッラーは、科学と宗教の調和の重要さを教える。もし宗教が、科学的プリンシプルと合致しなければ、迷信になってしまう。また逆に、宗教が教えるユニバーサルな美徳がなければ、この世の中は物質主義に陥ってしまうだろう。科学的手法と宗教的なユニバーサルバリューの両方を考える、社会的・経済的発展の新しいモデルを導くことが重要なのである。

日本での生活でも、このバハーイのような視点からは、学ぶべきところが多いと感じた。

デリーからプシュカールへ:都市と牛のコントラスト

移動中に道路から見えた開発中の都市と言われた街。新たなバンガロールになっていくのだろうか。大きな真新しいビルがそびえ立つように密集して並ぶ。貧しい地域との差に圧倒された。
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道路を車で走っていると、牛の群れが飼い主に連れられ、突然現れる。初めはびっくりしたが、次々と羊、ヤギ、ラクダなどの動物の群れも通りかかり、サファリのような状態が続いた。

プシュカールは、ラジャスタン州にある小さな町だが、観光客も多く、栄えている。ヒンドゥー教の、聖なる湖を中心とする聖地である。

インドでは、動物の神様がいくつか存在するが、そのうちのひとつである牛は至るところにおり、見事に人間と共存して暮らしている。牛はとても静かで大人しく、人間がちゃんと綺麗にしているため、毛もつやつやしている。
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自分でも感じたことだが、牛との暮らしは人の心を穏やかにして、気持ちがとても癒される。せかせか動いている人間と(のんびりしている人間も多くいるが)、のんびり散歩している牛との調和は心地よく、日本でも牛と一緒に暮らしたいと思うほどだった。

道にはお土産屋さんがずらりと並ぶ。雑貨や衣類を中心に、色鮮やかで素敵な商品がたくさん並び、日本でも間違いなく売れると思うようなデザインのものばかりだった。ただ、品質に関しては、糸がほつれていたりと、あとひと工夫あれば、と思うようなものを多く見かけた。
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プシュカールは、ジプシーでも有名な地である。ヒンドゥー教のカースト制度では下層であるジプシーは、家族丸ごと点々と住み家を移していきながら、暮らしている。犬も飼っていたりする。町で踊ったり歌ったりして、生活をしている。
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ジャイプール(ピンク・シティ)にて:高級な出店に彩られ

イギリスのエリザベス二世を迎えるためにピンク色に塗られた建物が並ぶラジャスタンの首都、ジャイプール。ピンクと言っても落ち着く色で、とてもきれいであたたかな雰囲気である。
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道は出店だらけで、歩いているだけで楽しい。果物や花や、アクセサリーなど、様々なものが売られている。メインの道には出店以外にも綺麗なサリーや高級ジュエリーのお店などもずらりと道の両側に並び、栄えている。
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とにかく大勢の人たちが携帯を持っている。インドの通信会社「Airtel」や、「ボーダフォン」の看板を、あちらこちらで見かけた。プリペイドフォンは、それほど高くはないそうである。

モンスーンの時期だったため、突然の土砂降りに合った。降り始めてから15分ほどでこのように洪水になった。しかし、子供たちは喜んで水の中で遊び、楽しそうだった。水が溜まるのも早いが、止んでからの道の乾きも一段と早い。雨が上がったあとは、落ちている牛の糞などがさらに広がっているため、常に下を見ながら歩いていないと少し危ない。
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よく見かける小さな箱型のお店。自前携帯や固定電話での通話サービスを、キャンディーや噛みたばこと一緒に商売の一部にしている。
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アグラにて:世界遺産タージマハール

世界遺産のタージマハールは、観光客で溢れ返っている。想像を超えるほど絶大で、空に浮かび上がるほど白く、美しい。遠くからでも近くからでも、その白さは空に浮き上がり、夕焼け時にはその白さが太陽の光で金色に輝く。

タージマハールの裏側に行ってみた。学校帰りと言っていた子供たちとしばらく楽しく遊んだが、以前日本人の観光客にもらったであろう日本円の小銭をポケットから出し、それをインドのルピーと交換しないか、と言う。

インドの子供たちは写真を撮られるのがとにかく楽しく好きなようで、カメラを持って歩いているとすぐに喜んでカメラに向かって来る。ここで出会った子供たちは本当に素敵な笑顔を見せてくれた。
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バラナシにて:壮大なガンジス川

バラナシは、ガヤガヤした忙しい大きい通りと、路地を入ると静かで落ち着いた雰囲気の細い道に入るのが特徴的である。小さいお店や宿などが並ぶ道を歩いていると、シタールなどの伝統弦楽器の音色が流れてくる。
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細い道からさらに小さな路地に入り、道なりに奥へ進んで石の階段を降り始めると、いきなり目の前に現れたガンジス川。静かで広大で、すぐ近くの賑やかな大通りからは空気がガラリと変わり、神聖な雰囲気が漂う。
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80ほどの「ガート」と呼ばれる沐浴場が川沿いに連なっている。川の中では牛が気持ち良さそうに水浴びをしたり、人間が沐浴したり、洗濯をしたりしている。
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遺灰が流され、牛が水浴びをしている横で、人間が幸せそうに沐浴している光景を目の当たりにし、価値観がひっくり返されるような気持ちになった。言い表せられないような刺激を受けた。

マニカル二カ・ガート(メイン・バーニング・ガート):ガンジス川の火葬場

この一番大きなバーニング・ガートと呼ばれる火葬場では、毎日インド中から遺体が運ばれる。遺体は綺麗なピンク色や金色の紙に包まれ、運ばれてくる。煙は消えることなく、常に燃え上がっている。
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ヒンドゥー教では死んだあと、ガンジス川で火葬され、遺灰が川に流されることが最も神聖であると信じられている。そして、また次の人生を迎えるために生まれ変わる。

立っていると、大量に降ってくる灰で途中目を開けていられなくなるくらい痛くなる。バーニング・ガートでは写真を撮ることが禁止されているため、裏のまき場でしか写真を撮ることができなかった。表では、遺体が焼かれている横で、人と牛が共にその光景を静かに眺めている。火葬の儀式には遺族が参加するが、女性は感情的になり過ぎてしまうおそれがあるということで、参加が禁止されている。薪にはいくつかの値段が異なる種類があり、カーストの中で高い層の人たちは高額の薪を使う。

夕暮れ時のガンジス。ただ座って時間を過ごす人たちが点々といる。ガンジスの夕暮れ時は、時間が止まっているように静かで、平和である。
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ガンジスの岸で行われるガンガ・アーティと呼ばれるセレモニー。毎日行われているとは思えないほどの盛り上がりようで、ローカルなインド人や観光客が集う。とても神聖で愉快な雰囲気である。町は大体毎日この時間帯、少しの間停電する。
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日用品店でアリエールの小さい使い切りパックを発見。一つ2ルピー(約4円)で売られている。ガンジス川での洗濯にも使われているのだろうか。
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電車でさらに北にあるリシケシュへ移動。

電車からの風景はとてものどかで、緑がひたすら続く。1等車から3等車まである中の3等車に乗るが、電車が駅に止まる度に商売人が乗り込んでくることにびっくりしながら、17時間ほど進む。乗客からお金をもらおうと、蛇使いのおじさんから電車の床を掃く子供たちまで、色んな人たちがアイルを通る。
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リシケシュ:ヨガの聖地

リシケシュは、山に囲まれ、真ん中に流れるガンジスを吊り橋で挟んだ小さな町である。世界のヨガの中心地として、多くのアシュラムと呼ばれるお寺やヨガセンターが集う、ヒンドゥー教の聖地の一つである。観光客も気軽に体験レッスンができる。

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ヨガ以外にも、アーユルベーダというインドで生まれた医学が有名であり、お店で売っている薬はアーユルベーダの商品が多い。風邪薬を買って飲んでみたが、真っ黒くてとても苦かった。とても自然で、ヨガとの相性もとても良いようだ。この町は、それまでインドで旅した中で、一番温和で、のんびりした空気が流れる町だった。日用品店で出会った店長の、"India is a fantastic country!"と、何とも幸せそうな笑顔でインドを誇る顔が、非常に印象に深く残った。

リシケシュは、ガンジス川の上流でもある。ガンジスの滝まで少しハイキングをしてみたが、水は透き通っていて、下の町に流れるガンジスや、バラナシで見たガンジスとは目を疑うほど違った。イスラエル人観光客やインドの都心から観光をしにやってきているインド人と一緒に、突き刺すような冷たさの中で泳いだ。
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来年からデリーの警官になる、という人と話しながら下山をした。ますます広がるインドの経済格差の深刻さや、郊外で農業を営む人たちの高まる自殺率についても教わった。

バンガロールのような世界でも先端技術が集う発達した地域もあれば、その一方で、食べるものもなく、道で暮らす人々がいる。インドは国としてどんどん伸びていると世界で認識されているが、同時に、このような最下層の人たちは凄まじいペースでどんどん置いていかれているような気がした。
 
再びデリーに戻り、インド最大のモスク「ジャマー・マスジッド(Jama Masjid)」を訪れ、その横に広がるバザールを散歩した。インドではヒンドゥー教信者が最も多いが、イスラーム教信者もとても大きな数を占める。世界で三番目に大きなイスラーム国パキスタンと、人口の数で言うならば同じくらいの数のイスラーム信者がインドには存在する。インドとパキスタンの戦争以来、今日も、ヒンドゥー教とイスラーム教の争いが行われているが、その中でも、共存して暮らしている。
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インドの社会問題: 旅を振り返って

インドを肌で感じたく、旅をし、深刻な社会の格差や衛生状況にさらされて、インドならではの問題を感じることができたと思う。ひとつ強く感じたことは、貧困にいる人たちのオポチュニティーの少なさである。
最も貧しく生まれた人たちは、貧困のサイクルから抜け出すための機会が少なく、その中でおそらく生き続ける。それは、経済のグローバル化や教育の欠如など、問題の根源としていろいろあるかもしれないが、ひとつ率直に思うことは、このような状況の中の人たちと比べて自分がどれだけ計り知れないチャンスに恵まれてきたか、ということである。生まれたときから住む家があり、毎日食事に困らず、学校にも通えた。その基盤があるからこそ、例えば勉強などの努力を続けることができ、頑張れば夢を実現させる可能性を十分に与えられていた。
インドの町中では、大人たちや、5歳くらいの子供までもが赤ん坊を抱えて、車がビュンビュン走る通りでお金頼みをしている。大人に雇われているのかはわからないが、何よりも、そこにその女の子が立っていることがそのときの真実である。だが、顔つきはとてもたくましく、時折見せる笑顔からはパワーまでもらう。

インドにいる間、このような下層の人たちが貧困のサイクルを打ち破るためには、援助ではなく、ビジネスという形で対等に付き合うことではないか、と常に感じた。そのようにして彼らが尊厳を持ち、自立することが重要であると思う。
お金頼みをしている人たちにその場でお金を渡しても、問題の解決までは遠い道なりだと痛感した。もらう立場として毎日道に立つ状況から抜け出し、彼らが主体となってビジネスに参画できるオポチュニティーを作っていけば、彼らは生活を自ら変えていけるかもしれない。そして、その可能性は大きいと感じた。
例えば、町のお店のお土産はデザインが良くても、糸がほつれていたりして、品質に改善の余地がある。しかし、彼らは指摘をすると、その場ですぐにミシンを使ってきれいに直してくれた。つまり、品質の認識さえ持てば、高品質のものを作る力がある。

しかし、インドの町中に立っていると、高級レストランのすぐ横の道で親子が暮らしているような状況に囲まれ、果たしてこのように深く根付いた問題を、ビジネスで解決できるのだろうか、という無力感さえ感じる。ひとりでは、すべてを解決することはできないかもしれない。だが、自分がその問題にアプローチするだけでなく、他の人もその問題にアプローチしたくなるような環境や仕組みを作り、多様な力を持った人たちがいっしょに集まれば、何かができるかもしれない。ひとりでも多くの人の自立を、実現させられる可能性がある。
そのようにして、時間がかかってもその問題を解決できれば良いと思う。政治が行動を起こせば、ある問題は解決されるかもしれない。しかし、ビジネスは、ひとつの問題の解決に向かっていく過程の中でも新たな問題を発見して、対応し、そのビジネスのサイクルを社会に柔軟に広めていく力があるのだと思う。

付録:
インドの社会起業家


デリーにいる際、赤信号を待っている時に車の窓まで雑誌を売りに来た小さい男の子から、"50 Social Entrepreneurs"というタイトルのビジネス誌を買った。そこには、インドの社会問題を少しでも解決しようという一心で作り上げた事業に取り組んでいる、インドの社会起業家たちが招介されていた。

LabourNet(レイバーネット)
ミッション:インフォーマルセクターの労働者と顧客のマッチングの場を作る
ベネフィット:労働者への健康保険、即時払い

インドの労働力の90%はインフォーマルなセクターにおり、人口が増えるにつれその数が増えている。アショカ財団のフェロー、ソロモンJPは、零細企業とマーケットをリンクする目的を持つレイバーネットを立ち上げた。レイバーネットはファシリテーターの役割として、インフォーマルな労働者のネットワークを作り、直接雇用をせずに、顧客とのマッチングをするプラットフォームを構築した。賃金は、レイバーネットが労働者のために用意した銀行口座に振り込められ、そこを通して支払われる。その他にも、災害保険や医療機関などのメリットを与える。

建設作業員のシブは、4人の家族全員がレイバーネットの医療制度によって支えられている。「もし私に何かがあったときに、家族が保険を受けられ、ローカルな貸金業者にお金を借りなくて済むということだけで安心です」、と話す。

職業の分野は、建設(電気工、配管工、大工など)、ハウスホールド・オフィスサポート(ドライバー、営業、ホームヘルパーなど)、そして専門分野のサービスやプロジェクト(雨水収穫)。

www.labournet.in/

Sharamik Sanitation Systems(シャラミク・サ二テーション・システムス)

ミッション:インドの公衆衛生問題を解決する
ベネフィット:清掃、健康

インドは、55%の人々が外で排便をしている。国際NGOウォーター・エイドの統計により、世界で二番目に公衆衛生が悪いと発表され、毎日約千人の子供たちが下痢で命を落としている。このような状況の中、シャラミク・サ二テーション・システムスの創業者Rajeev Kherは、ポータブルトイレの販売、リース、そして売買を行っている。「カースト制度の上層であるブラーマンでありながら、なぜトイレのビジネスなど始めるのか」という親せきの反対などを無視し、我が国が直面している公衆衛生の問題の解決に、身分など関係なく、全力で取り組む。

Kaivalya Education Foundation

ミッション:郊外の校長先生を教育して改革し、学校の質を良くしていく
ベネフィット:現在100人の校長先生が3年のコースに入っている。2014年までには1,000人に増やす予定である。

インドでは、毎年5500万人の子供が小学校を4年未満で中退している。しかし、Aditya Natrajは、この問題は学校の校長先生が変われば解決される、と信じている。校長の改革には、クラスルーム・セッションやワークショップを通してのトレーニングだけでは不十分だと考え、「ガンディー・フェローワーカー」と呼ぶ、優秀な教育機関を卒業した人たちが、4か月のトレーニング・プログラムや、18か月の校長先生のサポートなどを行う、二年間のプログラムを作った。一人ひとりの校長先生を変えて行き、そこから教育をよくし、子供たちがずっと通える良い学校を創っていけるとNatrajは強く信じている。

(葉山志乃布)